設立理念

 

「育ちの村in二子玉川」
をスタートさせようと思ったのは、これまで、牧師や一般のカウンセラーとして、様々な人々の悩みに耳を
傾けながら、人が抱える問題は、一対一のカウンセリングだけでは解決し難い、複雑なものであることを痛感
してきたからです。そこでもっと、人間にとって自然な人間関係や営みの中で、人が癒されるような場を生み
出せないものか、と思うところがあったからです。
 
 今日、がん哲学外来・メディカルカフェ、認知症カフェ、と様々な課題に特化した、癒しの場、支え合い、
助け合いの場が増え広がっています。それは、そのような方々が抱える必要に医療現場では提供しきれない限
界があることを認識し、その間隙を埋めようとする試みであると言えるでしょう。
 しかし、社会の中で最も多様な人々が集まり合うキリスト教会の働きに約30年の長きにわたり携わって来た
牧師として感じていることは、一対一の専門的カウンセリングもよいし、同じような経験を持った方々が共に集
い、寄り添い、気持ちを吐き出す中で、癒される場の経験もよいが、もっとノーマルな環境で、村のような、ゆ
っくりのんびりとした空気の流れと自然で屈託のない人間的な営みをこの大都会の中に作り出し、しかも、なか
なか日常性では得難い専門職の方々との飾らない対話の中で、心が潤され、回復されていく場が備えられないも
のか、というものです。

 人間の経験は本来固有なものであり、たとい同じ病気を経験しているとしても、決して一つとして同じものは
なく、完全にわかりあった、ということはあり得ないことでしょう。つまり自分の問題は自分自身で解を見出さ
なければならない、ということです。また人の心の癒しは、意図的な手段によらず、むしろ自然な営みの中で、
無意識に語られたことばや振る舞いによるものであったりすることの方が多いものでしょう。つまり意図的な相談
よりもさりげなく、寄り添う友の中にあってこそ、人間は本当の解を見出せるのではないかと思います。

 そこで「育ちの村in二子玉川」は、まだそこまで本当に遠い道のりですが、将来的には、農場や静まる祈りの
家などを兼ね備えたを癒しの共同体として完成されることを目標としながら、今は、月一度の読書会か
らスタートしてみようというわけです。そして、ある病気や障がい等に特化せず、がんサバイバー、
その家族、認知症患者の家族、発達障害者の家族、不安障害など様々な精神科的な課題を抱える人、また家族
など多様な人々が参加できるたまり場として、オープンしています。

 ともあれ、人は自分の抱えている問題に真摯に向かい合わない限り、自分の問題を深めて洞察することも、
さらに人間的に深く成長することもありえません。問題を小脇に抱えながら生きるのにも、自分の課題を理解
し距離を置く技術が必要です。そういう意味で、今年も読書会を通じて、飾らず、ざっくばらんに語りながら、
互いに育ちゆくことを目指してまいりたいと思っています。(育ちの村in二子玉川、福井誠)